いまだからこそ…04 「環境づくり と 愛メシセミナー-価値の転換3-」より(新聞Vol.05) ②

いまだからこそ…04  「環境づくり と 愛メシセミナー-価値の転換3-」より(新聞Vol.05) ②
2020年5月23日

「環境づくり と 愛メシセミナー-価値の転換3-」より(新聞Vol.05)
後半つづき・・・。 前半を読みたい方はコチラ(^^♪

【そもそも、愛が分るかって?感謝しかないいんだよ!】

先生 たかが愛メシと思っているかもしれないけど、愛メシを読んだが故に、ここまで真実が明らかになって、
「なぁ〜にしていたんだろう、私たち」って気づいたら、愛メシも効果があるんじゃないの?
「愛で食えるのか?」って、その前に「愛が分かるのか?」って話よ?
「食う」って言っているけど、「食う」って意味が分かっているのかな?

由貴子 うん…分かっていない

先生 食べるとは「味覚」。味覚とは、「臭覚」。臭覚は「心」。こんな事も分からないで、「食う」って意味も分かっているのかな?
「愛で食えるのか」って、食えるの「食う」ってテーマ一つをやっても、「なんでそこで肉を食っている?」とか、「なんで、それを食べている?」ってなったら、食べることの意味さえも分かっていないよね

一同 分かっていないね〜〜

先生 「食材」っていうのは、材料の味もあるけど、その材料の中の生命を頂いているんだよ? 生命とは「エネルギー」なんだよ。エネルギーっていうのは、言い換えれば「愛」なんだよ。
その食材の「生命力」を頂いている。その生命力が自分たちの生命を維持している。生命が、豚肉だろうと、牛肉だろうと、鶏肉だろうと、野菜だろうと、全ては生命なわけさ

一同 うん

先生 その生命の命を絶って、我われの命の糧になる。それを「牛の犠牲」「野菜の犠牲」と考えるか、「牛の貢献」と考えるかによって、感謝の意味が違う。「犠牲なら」食べる時、「ゴメンね」って言った方がいいよ。
もし、犠牲で、牛の犠牲のもと、牛肉が提供されていると思うんだったら、「可愛そうに、もったいない、でも、食べなきゃ生きられないから、食べようね」「ごめんなさーーーい」って言って食事をする。 それがネガティブな人の食生活。
でも、「命を頂いている、命に支えられている、この命の貢献で私たちは生かされている」であれば、「なんてありがたいんだろう」って思うので、頂きますっていうときには、「ありがとう」って頂く。
この「感謝」っていうことが「愛」なので、感謝は愛なので。愛がないと感謝できないから。
「感謝」=「愛」=「エネルギー」なので、それを頂くってこと。だから、食べるたびに感謝が増える。
よって、食材を何にするか以上に、食事の量をどれだけ食べるか以上にその感謝があると、2倍、3倍のエネルギーになる。エネルギーを感じて食べていないなら、食べながらにしてエネルギーは抜けていく。でも、エネルギーを感じると、食べる前からエネルギーが盛り上がる。
エネルギーを食べているっていう観点に立ったときに、「地球上に正しい栄養学ってないよ!」
じゃあ、スキンシップはどう?「寂しくて、仕方がないんです…ゴメンなさいーー!!」っていうスキンシップと、「触れて豊かになっているんです」っていうのと、スキンシップひとつでも「ありがとう」と「ごめんなさい」のスキンシップって、タイトルの記事を書いたら?

 

一同 はははははははははは(笑)

先生 飢えをしのぐための食事なのか? 幸せを享受するための食事なのか? 自分の寂しさを埋めるためのスキンシップなのか? 自分を豊かにするためのスキンシップなのか?
「スキンシップ」や「食事」ってひとえに言ってもさ…「幸せで埋め尽くそう!」じゃなかったんかい? 愛メシは?

小堀 である、ふふふ、振り出しに戻るっていう…

先生 「不幸を直そうよ…愛メシで」ってことなの?

一同 ちがう…ちがう…(笑)

【おもしろいが基本の環境教育】

先生 話を一番最初に戻して、「生存本能」だから、全部間違いだよ! じゃあ、世の中の福利厚生も、保険制度もぜんぶ同じじゃないの? 生存に基づいているの? 愛徳に基づいているの?

由貴子 生存だねぇー

先生 創造性豊かな人間がよく、保険を考えたねー

一同 ほんとだね〜〜

先生 この状態で文明開化してるって言えるかな?

小堀 退化、退化…

先生 文明って明るいって書くんだよ。愛メシって、そういう風にして「人生を幸せで埋め尽くせ」って、それを合言葉に我われの活動全体がある。
その中でも、愛メシっていうのは「幸せ作りの最前線」っていうか中心だから、生産から流通、消費、還元、マーケットづくり、人間教育までを含めて、学んでいきながら、より良い社会、子供たちに残せる未来の環境を作っていくのが、僕の伝えたい愛メシ環境。
新聞の中でも、このページが地域の環境作りとか、家族の絆作りだとか、健康作りだとか、ましてや、いいマーケット、経済、環境をつくるとか、その手助けしていければなっていう前提で、このコーナーというのを作っている。
僕は、愛メシの新聞で、「このコーナーがすごいね〜」って言われるよりは、「面白いね〜」って言われる方が、みんな続けられると思う

小堀 ホントに! そう、めっちゃおもしろい!

先生 そういうことは、やっぱり、新聞だけでは、言葉だけ、文章だけになってしまうので、「我われが、そういう現場を作って、具現化しようじゃないか」っていうのが、我われLIFE VISIONという会社が考えているカフェ作り。カフェ構想。
ただのカフェではなくて、食育、食材を買う事も出来るし、食育を学ぶ事も出来るし、家族作りや子育てに関する情報も提供できるし。
例えば、カフェの店先に八百屋コーナーがあったり、ちょっとした健康グッズがあったり、しいて言えば、フィットネスの身体を健康にしていくような運動するようなスペースがあったりとか、もしくは子連れでも来れるように、育児スペースや授乳スペースがあったり。お母さん方が集いやすいといった複合施設というか。そういうのがあれば、利用価値が環境作りに貢献できる。それを、表向きカフェに見えたとしても、そういうものを感じられる現場を作って、その現場をみんなに活用してもらうことで、ナチュラルに学んでいける。生活の習慣や文化の中で、こういうことが勝手に身についていくっていうのが、我われが作ろうとしているカフェ構想。

小堀 ありそうで、無いもんね…

先生 たかが沖縄って言っても、沖縄で10店舗でも足りないんじゃないの?

小堀 地域に馴染んでいるっていう意味で必要だね。教育ってそういう意味ですよね、ホントに

先生 価値の創造

小堀 先生からしたら、全部当たり前でしょ?

【「楽しくなければ教育じゃない!」】

先生 僕からしたら、人間関係は全部、教育だよ? それ以外ないよ? 「知らない」ってことをまず教えないといけないから。何を知っていて、何を知らないか、知らないでしょう?「この無知さ加減はジョーク」と言って! って感じだよ。
僕はもう、何をするかの前に、「楽しくなければ教育じゃない!」と思っている。教育はもう、そこから間違っている。「好きの力」がこれだけ凄いものを学ばせるってことを分かっているよね、一番、最初に話したけど。(愛メシ新聞4号参照)
だから、好きの力って、楽しむことが一番、先決なんじゃないの? それが、好きの力が探求する気持ちを引き出すんであって。だって、楽しくないとダメでしょ? 好奇心が「好きの力」の源であって、それを抑圧して「良い子」をつくる教育ってなに? 子供を元気にしているんじゃなくて、殺しているよね。
なに? 今の学校。受験のために勉強を暗記させるってあるの? これって勉強って言えるの? 子供の何が向上するの?

沙織 暗記力…

先生 3年経ったら忘れるのに? 生きる力を身につけないのに、こんな学問を頭に詰め込んで何かを知った気になっている。
こんなことが、学べるカフェや環境を地域作りっていうのを心がけていかないと、勉強した分だけ、本当に机の上でみんなバカになったよね。抱っこの仕方も分からない、女の子を見ていると、もう、そもそも、それは女子なのか? と思う。
花を見る、子犬を見る、何をみても「命って可愛いな〜」「美しいなー」とか、こんな美的感覚を育てる前に女子って言うなよって思う。そこからじゃないの? こんな簡単なことから始めるわけ

小堀 ほんとそう、こんな簡単なことから

先生 「かわいいねー」とか「きれいだね~」とか「美しいね~」とか「楽しいね~」とか、こういうことの共感や心を育てることから、一番最初じゃないの?

一同 うん、ほんとにそうだね

先生 「歯磨きしなさい!」「勉強したね?」「遅刻するなよ!」。どんな家庭を作ろうとしているの? 子供に、どんなふうに生きていほしいの? お母さんの子育ての理念は? 目標は?
「あっ! その前に、私が目標なかったわ…」って、どういうこと? ただ、生きているの? で、言うわけさ、ほとんどの社会人は、立派な社会人はこう言うわけよ、「背に腹は代えられない」。
結局、「そんなつもりは無い」って言いながら、お金の為だけに生きているようなものだよ

沙織 言うと思う~~~

由貴子 「背に腹は代えられない」って言葉、最近毎日聴くよね…

【嫌いが好きに! 愛着心「好きの力」】

先生 あのさ、愛着心の凄いところは…それまでは、ニンジンを出してくる母ちゃんを恨んでいたわけ、「はぁーー、またニンジンなぁーーー」って。ニンジン嫌いって言わなければ良かった、嫌いって言ったがために母ちゃんは、毎日ご飯にニンジンを出してくる。ちょー厳しいからさ。
だけどさ、おやじの畑を手伝って(おやじはサラリーマンだけど、趣味で好きで畑やってて)、やっぱり畑仕事が好きだから、作るのが上手だったわけ。それを幼稚園に入る前までは、ほぼほぼ毎日、おやじの後をついて行って畑を手伝っていたわけさ。
自分でニンジンを作ったら、どれだけニンジンを自慢して食べるか…

一同 うん、そうだ

先生 「自分が育てた」っていう、この「愛着」。大嫌いだったニンジンを自分が作った途端に、自慢げに「どんなに美味しいか」って言って、食べ始めたよ…

沙織 すごいよね~~~

由貴子 可愛くなるよね~

先生 うん、「育てる」ってすごいと思うよ。「大っ嫌い」が「大好き」になるんだもん。もうさ、自分の心なんて信じられない

小堀 ふははははは(笑)。ホントだねー

先生 うん、だからさ、育てる前は「大っ嫌い」って言っていた自分なのにさ、自分が育てた途端にみんなに「美味しいよー美味しいよー」ってすすめているわけさ。ニンジン小僧になっていたよ…

小堀 言っちゃうね~

先生 作るまでは「ニンジン食べれ! ニンジン食べれ!」って、親に言われてて、しょっちゅう怒られていた僕が…「おじさん、僕が作ったニンジンだよ、残すなよ! 全部食べてよ!」って、3~4歳の僕が言うわけ。
それまでは、学校でもあまり興味がなかったんだけど、ニンジンを収穫して余るものだから、食べないで余った分をニンジンの葉っぱの部分、小さくて曲がっている物とか、学校に持って行って飼育小屋のウサギ、モルモット動物にあげるわけ。
これがさ、また超、美味しそうに食べるのを見て、もう! めっちゃ動物にも興味が出るわけ。
僕は、農業大学とかそういうところで、形から入る前に「動物が可愛い」と思って、育てられるかっていうところから育てないといけないと思うけど、ニンジンが好きになったお蔭で、動物も好きになったんだよ

小堀 可愛い…凄い、繋がっているね…

先生 で、畑で、おやじに内緒で余分に作るようになって、余分になって余る部分を飼育小屋に持っていくってことをやっていたわけ。もうさ、動物も可愛くてしょうがないわけさ。食べるのを見ていると。
僕はさ「ウサギほどニンジンを美味しく食べているだろうか?」ってさえ思うわけ

沙織 思うよね~~~~

先生 「ちょう~~~美味しそう~~~」って思うわけ。ヤギもいたから、ヤギも、超美味しそうに食べるわけよ…。「作ったもの冥利に尽きる」わけ。あんなに美味しそうに食べているのを見ると…自分の腕が上がった気になる。
野菜を作ることは自分の食生活が豊かに繋がるし、美味しいものが増えるし、好き嫌いもなくなる。やっぱり、「もったいない」って、残さないで食べるようになる

一同 ホントにそうだねぇー

先生 命を種から育てる、鶏をヒヨコから育てる、何日もかけて命を育んでいくからこそ、愛着心が育って、嫌いなニンジンだったはずなのに、おじさんにすすめるまでになる。話しの中でも言ったけど、ニンジンを育てたからだよ、それ以外ない。前半でも話したけど、僕はもう「楽しくなければ教育じゃない!」と思っている。「何をするか」の前に、楽しくなければ、そこから間違っている。
「好きの力」が、探求する気持ちを引き出すんであって、暗記や学問が好きは引き出せない。だって、楽しくないとダメでしょ?

一同 ホント、楽しむだけだねー!

生かされている命、本当に感謝しかない。
活かされている命だからこそ 『楽しむ以外』にない

あなたの生きる目的は何ですか?
生存・生息?

それとも、生活?

先生が、常に言っていることは『生きるを楽しむ』ということ。
この愛メシ新聞 楽屋トークを読んで
今一度、価値の基準。
生きるとは何か?と問いかけてほしいと思います。
次回は、愛メシ新聞No6号です。お楽しみに~

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