卒業式は 新しい自分に出会う日🎓

卒業式は 新しい自分に出会う日🎓

3月は卒業式シーズン。

今年は、コロナの影響でオリンピックも危うくなって、卒業式も続々と中止。
父兄の出席すらないなかで開催とか・・・。
学校も出たり、休みになったりと忙しい

そんななか、今年、我が家の末息子が、大学を卒業する。
親として、学生最後の卒業式なので、是非とも参加したかった。
だけど、突然の中止連絡・・・・。
_φ( ̄ー ̄ )

ざんねーーーーーーーーん、で仕方ない。ホントにーーーーー‼️

本人ももちろんだけど、
親として子育ての一区切りをする意味で、式に参加したかった。

なんかね、気持ちの整理だね。
卒業式を感じたかった〜〜。同じ空間に居たかった〜と色々な感情が混じる。

息子の幼い頃からのことを走馬灯のように思い出す・・・。
末息子は、まじめで、しっかり学校の授業も聞いて、授業中は私語もしない小学生。
担任から、女生徒が、お喋りしていると、‘静かに!’と注意するから、女生徒から厳しいって言われているんですよーと3者面談で言われたり。
さらに、集中力がすごいんですけど、何かお稽古ごとやっていますか?・・・と。
’自分‘を邁進する子供だった。

そんな息子もまじめすぎるが故に、まじめにやらなきゃとあまりの緊張で授業中に過換気になって呼び出しされたこともある。

そんなことも、なんだか懐かしい・・・と言っていいのか・・・。

本人にとっては、’死ぬかと思った〜〜‘というくらい怖かった経験らしいけど、ちゃんと状況説明できるんだから、頭は冷静だったのかなーと思う。

そういう息子ももう、卒業なんだよね〜🎓

就職はどうするんだ? と 思った昨年の12月、年の瀬押し迫った頃、突然‼️自分の希望を語り出す・・・・。

なんてこったい😂

彼のなりたいものは航空関係。🚁

小学生の頃から、なんでも自分で決めて、自分でやってきたと思ったら、ここでもかい・・・。ささっと、2社ほど会社に連絡して見学の日取り、✈️飛行機の予約、全部を自分でやっていた。

途中、途中で経過報告はするけど、頼もしいほどの自立ぶり。
こういうのは孤立か?という言葉が時々、頭をよぎったりもする。
だけど、子供が自分のやりたいことに進んでいるのを見るのは、親として嬉しい限り。

でも、そんなこんなで、気がつけばあっという間に家から居なくなる。家を出て自立するんだよね。

昨日の東京セミナーウィーク1010HAPPYでも、“精神的問題も実のところ、物理的な問題で解決する”と先生は言っていたけど、気持ちの問題か? 物理的な問題か?って言った時、会いたい時に家に居ない。

物理的に“家に居ない”  居ないんですよ。

だからね、
今、子育て真っ最中のお母さんは、早く大人になってほしいと、
成長してほしいと思うかもしれないけど、
こどもが子供をしていられる時はあっという間に過ぎていく。

その子の1歳は、一生涯で1年しかない。
その子の2歳は一生涯でその1年しかない。
その子の3歳は一生涯でその1年しかない。

兄弟、姉妹、それぞれがそれぞれの1歳、2歳という一年一年を過ごしていく。
だけど、その同じ一年は二度と経験できない。

今を生きると言った時、瞬間、瞬間の自分を精一杯生きる。
自分自身の想いに誠実に向き合い、気持ちを大切に生きる。
自分の人生に、自分自身に責任を持つこと、
その“心構え”を姿勢を胸に、あらたなスタートを切るための日。
それが卒業式🎓

日々の生活のなかで、自分への“自愛”が当たり前であればあるほど、毎日過ごす時間の貴重さを感じることができる

‘手のかかる子ほど可愛い’ということわざがあるけど、子供は理解力があるから手がかかる子なんていない。それは『手をかけた分、関わった分、愛おしくなる』という意味なのだと思う。

子育てを単なる世話で終わらせるか?
その子が自分らしく、自分の想いを大切にして生きていけるように導けるか?はお母さんが
子育てをどう捉えているかによる。
自分がどんな人なのか。
どういう想いで生きる人なのか、この時期、卒業を機に、卒業する子供達、社会人、そしてお母さん方に問い直してみてほしいと思う。

毎月開催している、東京・藤沢(神奈川)沖縄の1010HAPPY教室では、人が『生きる上でなにが大切か』、本来の価値観に戻すために開催している。
命の扱い方を伝えている。
だから、ぜひ大切な友達を誘って参加してほしい。

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