還元祭(^^♪その⑨ Te-Fa5号  DVD 親力プログラム 基礎編4.愛徳の心と人間性の学び と併せて見てね

還元祭(^^♪その⑨ Te-Fa5号  DVD 親力プログラム 基礎編4.愛徳の心と人間性の学び と併せて見てね

Te-Fa

HAPPYBLOGファンのみんなおはよう!!
今日は、Te-Fa5号&親力プログラムDVD 基礎編4 愛徳の心と人間性の学び の紹介ですよ~~。

Te-Fa5号のおススメ記事紹介は。
親力プログラム 第4回「愛徳の心と人間性の学び」 P14
『愛徳』のは 何がその人にとって一番いいかを理解してあげられる。
そして、は それを行動にできることです。

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先生:恵里子さんは「子育てできているつもりで失敗したお母さんだった」という言い方をしているよね。これは息子が社会人になった時、「お母さんのおかげで社会のみんなが優しく見える」と言ったことだと思うんだけど。それを恵里子さんはトラウマだと言った。それに対して、小堀さんは意地悪じゃなくて、ほんとにカッコイイと思ったって。

なんで、ショックな恵里子とカッコイイと思う小堀がいたのか。

ショックって捉え方をするのは、優しいお母さんのつもりだったからでしょ?優しいお母さん、優しい妻、優しい人という前提で彼の言葉を聞いているので、「社会のみんなが優しく見える」に「でしょ?」という風には思えない。

幸美:そもそも自分は優しいと思っていたの?

先生:うん・・・つもり

小堀:ぷっ(笑笑)

恵里子:思ってるよ――

幸美:(なかばあっけにとられて)そうじゃなかったらショックを受けないよね。こっちは「はっ?」って感じ。

小堀:最高だね、このリアルトーク

恵里子:ケンカ売ってんのか?って感じ。ほんとに思ってたよ。

先生:ちなみにうちの子供たちは、小さい頃「世の中には恐いものはないけど・・・」

恵里子:みーちゃん(幸美)は恐いって言ったんでしょ?

幸美:はっ?

先生:「恵里子おばちゃんだけは恐い、何であんなに年中怒ってんの?」って。親戚も言うこと聞かないと「恵里子おばちゃんとこに泊まらせるよ」とか(笑)

幸美:うん、言うもん

先生:優しいと思われたかったのは分かる

小堀:あはははははっははは~~~~

先生:優しいかどうか?は別問題

恵里子:そうなの?(小声で)異議申し立て・・・

先生:意義はみんな!!

恵里子:あははは、あ、はいはい

先生:だから、自分が思っている自分と外部から見えてる自分というのがすごいギャップがある

恵里子・幸美:あるね・・

先生:自分は恵里子さんタイプだと思ってたのが、実は幸美さんに近いと言われて「え~?」って人もいた。

これも恵里子さんの構造と一緒。幸美さんが息子たちに「お母さん、何で(バラエティ番組の)このアンケートに答えてる? これは普通の女の人のだよ」って言われるギャップもそうだし、〇〇子さんはすごい配慮してるつもりでも、周りからは空気も読めてなければ一人舞台で生きてるようにしか見えない。
小堀さんの自覚は、ぜんぜん喋らない人。姉ちゃんと比べたら(笑)。それくらい、自分の思ってる自分と人から見てる自分は、同じ人物を語ってるかというくらい違う。
人間学講座後の懇親会で、「こんな気持ちがあって頑張ってるのに親に受けとってもらえなかった先生を、親としても見ると胸が痛い」って言ってくれた人がいた。四角四面で本の知識以外は受け入れないお母さんと、口よりも手が早いお父さんの話に、「先生ほどひどくはないにしても、親子のギャップとしてはわかります」という共感もあったわけ。
そこへ「でも、先生の言ってることわからないんだよね。私のお父さん、お母さんは優しかったから」って言う人がいたわけよ。

恵里子:いたね~。

先生:すると、僕の頑張った話は何だったんだったのかって。

幸美:すいませ~ん(笑)

先生:願いを全部叶えてくれるお母さんで、チャンネル譲ってくれるお父さんって言われると、どっちが正しいお父さん・お母さん像を言ってるのかってことになる。
恵里子さんは優しいつもりなんだけど、子供にはああ言われる。こういう風にして、感じ方と解釈のしかたというのがあって、感じてることが正しくないんだね、人は。

幸美:正しくないね。

先生:同じ人物を僕は厳しかったと言い、幸美さんは優しかったという。つまり、何を持って厳しい人なのか優しい人なのかを定義するのか非常に難しい。定義するんじゃなくて、そこには自分の経験した解釈があるんじゃないかなって思う。

先生:ただし、感じてることが正しいかどうかが問題。

恵里子さんは「優しいから言ってるさぁね」
と思ってるけど、人は「厳しから言ってる」と思ってるんでしょ。
だからそれが感じたってことなのか解釈なのかは怪しい。
だけど言えるのは、幸美さんから見た親は事実なわけよ。幸美さんのエナメルの靴を買うためにパートまでしたんだから。

幸美:あ、そうなの? 自分が好きでしてるのかと思ってた

恵里子:お父さんの稼ぎは生活費で、うちには余力がなかったからね。

先生:なんか、幸美中心に回ってる金城家、みたいなね。

幸美:食べないメロンも買わんといけんしね。あきさみよ~(何てこった)。

恵里子:こっちがあきさみよ~だよ。

先生:それくらい変だわけさ。「優しいって言われたい」も。
このギャップがいろんな意味で笑えたら、楽屋トークらしい面白さがあるんじゃないかと思うわけ。セミナーの後、フェイスブックで「こうじゃない?ああじゃない?」って白熱してても、楽屋トークを見ると「あれ?自分にも勘違いあったらどうしよう」みたいなね(笑)

恵里子:みんなあるね~。

先生:生理的欲求を見直した後に、反抗期と「親切」と見直すところが出て来る。それをやって、だいたいの人達は、親も無知なりに子供を愛していたんだなぁということはたぶんわかる。
自分の愛に適合したかは別問題としても、気が済むというか、何か折り合いがついてくるところがあるさ。それと同じように、自分の見る自分と他者から見た自分の折り合いというのも客観的に見れるんじゃないかな。すると、

自分の解釈なのか事実なのかというのも、自分だから事実がこの解釈になるんだなとか、妙なところにくると思うんだよね。 ただ、それを解体して説明する人は世の中にそうはいないよ~ってあえて自分でティーアップしとくけど(笑)

幸美:すごいね、どこまでも自分だね。

先生:恵里子さんで言うと、「優しいお母さんと言われたい」路線まっしぐらで、子供に「社会のみんなが優しく見える」と言われるんだけども、何で解釈とはいえここまでさかさまになるんだろうかと。あえて言うと恵里子さんの生理的欲求に戻るよってこと。 結局、恵里子さんの生理的欲求も、厳しいお母さんだったから優しくしてほしいっていう気持ちが潜在的にずっとあって、体調悪い時には「りんごにしなさい!」じゃなくて「恵里子、何が食べたい?」とか、単純な優しさを求めてた。

恵里子:(囁くように)そうそうそう。

先生:それを、子供の時の憧れとしてはっきり言ってるんだよね。覚えてる?

恵里子:「お母さんが友達の様な存在だったらいいのに」って。あっはははは。優しい友達になるつもりだったのに。

先生: あれ~?ってね。そうやって生理的欲求をよく理解してないと、「いや、思ってるよ、友達みたいな母親になりたいって。けどそう甘くないさぁね、世の中」みたいな。

一同 うんうんうん。

先生: で、何かしら躾けをしてしまう。厳しくしたとしても、「お母さんはこういうことを思ってるよ」ってことが子供たちに伝えられなかったのはすごく残念だよね。だから、生理的欲求をわかって子育てしてると、子育て自体のテクニックを知らなくても基本的なこと伝えられたんじゃないかな。
恵里子さんがセミナーを担当していく中で、「わからなくても生理的欲求をちょっと見直して、それを子供に伝えられるだけで、後々すごく大事なこと伝えてたってことがわかってくるから、そういう作業も大事よ」って言ってあげられるんじゃないかな。事実か解釈かは今置いといて(笑)。

恵里子:(しみじみと)うん、言える~。

先生:恵里子さんの事例をあてはめたときに、自分に生理的欲求をかぶせて、なんか見間違えてませんか?っていう…。

幸美: 見間違えるね~。だって人に物言えないと思ってたもん。

先生:ここで人格・性格を扱うとしたら、幸美さんと僕が同じ親に育てられながら、僕には融通の効かない厳しい親で、幸美さんには願いを叶えてくれる優しい親。この解釈の違いがどこから来るかといったら、お互いの性格の違いじゃないかなって。 ただ、人格・性格を楽屋トークの枠内で言うと、要は、受け止め方の違いがある。受け止め方が違うから解釈も違う。受け止め方がなぜ違うかと言ったら、性格が違うから。つまり、なぜではなく、そういう人なんですよ~ってこと。

小堀:(幸美は)生まれた時に「3番目も女の子か」って聞いて、シャットダウンしたのも、性格だからだよね。

先生:あのさ、生き方の基本を変えてないと、絶対ちゃぶ台ひっくり返すって僕が言ってるのは、そこなわけ。奮い立つか斬り捨てるかしかないわけさ、人生はその二択しかないとわかってれば、でも、だって、だけどはなしでしょ。

恵里子 うん、うん、そうならない。

先生:町内会の運動会があるんだけど、ちょっとリレー走ってくれないかなって頼んだときに、「何メートル? 誰と一緒に?」とか聞く前に、まず参加するかしないかでしょ。参加する人に説明したいでしょ。こういう意味で人生を投げ捨て「もういいよ」って言うのか、「3番目も女かだって?それは絶対に許さないからな」って奮い立つのか。 で、幸美さんの凄いところは、斬り捨てながら反抗期もするってことだわけよ。

恵里子・小堀:普通(笑)。

先生:自分が思ってる自分と人が思ってる自分のギャップだけが幸美指数じゃない。

幸美:この理解力のなさは何なんだろうねと思ってさ。

先生:普通、斬り捨てたら「もういいよ」で逃避型になる。逃避型というのは向き合わない、放棄する、そうやって関わらないという状況を生むんだけど、靴を買わせる、メロンを買い直させる、(お父さんとの)チャンネル争いにしても「見たかっただけよ」というのと一緒で、特別反抗した気はないんでしょ。もうちょっと人と関わった様相があってもいいのにね。

~省略~

 

先生:うん。お母さんが「赤ちゃんは左ひざから生まれる」っていうから左ひざを大事にする人(恵里子)もいるし(笑)。

恵里子:もう、言うこと言うこと全部ボケかっていうくらい(笑)

先生:ドンマ~イ(笑)

幸美:何で乗るのかな。性格としか言えないけど。

先生:性格というのは誰彼のせいじゃないという意味じゃなかったの? 何で(「三番目も女か」というお母さんの言葉に)乗ったの? お母さんが乗せたと思ってない?

小堀:思ってる思ってるー。

幸美:何でも乗る人だー(笑)

先生:やっとわかった? 売られたケンカは全部買うよ!?

幸美:断ったためしがないっていうくらい。

先生:それで「三番目も女か?もう私は生きていく気力がない」って?(笑) じゃあ、「女の子だも~ん」っていうラインと、「わじった、自分が男だったら」というラインがあるとして、何で「男だったら」を選ぶの? わじって「女の子だも~ん」でもいいんじゃないの? お母さんが挟まると何か理由があるように見えるわけ。お母さんが挟まらないと、あんたはこんな(男だったらラインの)人。

幸美:そうよね。「女の子だも~ん」もあるよって言われてもこっちを選んでたと思う。

先生:あのさ、面白そうと思う方をえらぶわけさ、人は。

幸美:うん、こっちが面白いと思った。

先生:すると、ここを選んだときの自分が「やっと選んだか、バカ」って元気になるわけよ。お前が自分で選んだだろうって。ここが奮い立つってことがちゃんと噛み合うと、あんたは体調崩さなくなるわけ。 本質のあんたの許可なく怒ると、疲れて寝込むわけ。この人怒るのが趣味なのに

幸美:趣味レベルになってきたね(笑)

恵里子:そっか(笑)

先生: 逃避タイプは「もういいよ」って関わらない。耽溺タイプは何でもしちゃう方向性。 一見、「もういいよ」って言って女を諦めて海上保安庁!みたいに見えるけど、事実上逃避してる人はパワーがないわけさ。

恵里子:うんうんうん。

先生:それはエネルギーの目的地が、逃避型は死ぬ方向、病気にせよアクシデントにせよ、エネルギーが負のスパイラルを描く。耽溺型はどちらかというと生きる方向。生きる道を探すために溺れていくので、基本は耽溺型の方がいい。大人しい人よりは騒がしい人の方が答えを見つけやすいのは、エネルギーの法則上なんだけど。幸美さんの場合は一見逃避型にみえる。恋愛にしても「(相手が)どうしてもって言うから買った!どんな覚悟があるんじゃい!」みたいな(笑)。 どうしても「男だったら」のフィルターしか通らないので、子供4人は女に生まれても無駄だと思って「男にしよう、男に」。でもさ、面白いのは、「自分が男だったら」というシステムは、僕からするとまさに宗教なんだよ。
何で宗教かっていうと、自分が男だったらという時、「男だったら二言はない、間違ったら切腹」でしょ? 現実の男は承認さえあれば何でもやるのに(笑)。そういう性質をもって「男だったら」と言っていると思う。もう、サムライの時は終わったのに。僕が性差の話をするときによく言うように、女性ならば受容性でしょ?

 

先生:女性ならば、柔軟性でしょ。女性なら優しさでしょって言ったときに、どこに女性がいるの?って社会になりつつある。 それと同じように、男性とは、すべてを受け入れる包容力?何でも認められる理解力? 勇気は愛する者からいただく潔さ、どうだろうか。

先生:僕が言う男性像・女性像っていうのが、神が与えた本来の性質なのよ。みんなが言ってる男性像・女性像っていうのは地球上で生まれた宗教に近いわけさ。

幸美:あはあ、古いね!

先生:ここは沖縄♪

小堀:ユイ♪

先生:結だわけ。武器のない国だわけ。武器のない国にはその信念は要らない。地球人は宗教をやめないといけない。

幸美:ああ、何かを信じてるっていうこと自体がもう宗教だよね

 

・・・省略

 

*さて、今回の親力プログラム楽屋トークですが、「人格と性格」の部分にかなり突っ込んで書いているんですよねー。自分を知るって面白い!?と思っていない限り、自分自身の性格を掘り下げていくことはできないし、自分自身と向き合いきれない。でも、良いも悪いもなく、それが私なんだ!って自分自身を理解してあげると、不思議に情緒も落ち着いていくんです。それが「どこにいても誰といても・・・」に繋がる。

子供は理解できないのではなく、お母さん自身が自分のことを理解してあげられないから、子供のことが見えないだけ。だから、まずはお母さんあなたから・・・とアシスタント講師の由貴子さんも話しているんですよね。
恵里子さんの「優しいおかあさんと思われたい」という生理的欲求は、事実と違うけど(笑)、そのギャップは子供たちが戸惑うだけですよね~~。ぜひぜひ、再講読、DVDを見て自分自身を知る・・というところから始めてみてくださいね。そうすることで、何がその人のためになるのか? は必然的に分かってくるので・・(^_-)-☆

◆由貴子の 親力のアレコレBLOG はコチラから

【各号目次】
Te~Fa5

◯われらが地球計画書 〜自分が誰であるかの責任を持つ〜
◯創観 「命どぅ宝」
◯えりこの天然幸母 ◆やりたい仕事はどろぼう???

◯1010HAPPY講座
◆由貴子の育児は育自⑤ ~命が目覚めたスキンシップ~
◆Q &A

◯親力プログラム
◆親力プログラムの楽屋から ~愛徳の心と人間性の学び~
◆愛徳心を育てるって 小堀美奈子
◆やっちまったなぁ・・・愛徳心 宮良幸美
◆YuaLine~ 金城由亜

◯読者の広場
◯今月のみーぱちくり
〇セミナーシェリング会
〇DVD上映会

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