HAPPY BLOGファン&神友の皆さん、こんにちは🥰
LIFEVSION新聞も公開されて、1週間。
みんなはどんな想いで読んでるかな〜。
やんちゃな愛メシに始まって、楽屋インタビュー、LIFEVISION新聞と立て続けに出てるから、追いつくのがたいへ〜んってなってない?
いやいや、みんなお笑い、寄席を見る時はそんなかしこまったり、真面目にメモとって・・とかやらないでしょ?、それくらい、笑って楽しもう!ってなったら、聞こえ方、見方も変わるから、リラックスして楽しんでね〜。
でね、今、次の収録に向けて、毎日のミーティングもかなり盛り上がってるから、楽しみにしてて!!
もうね、始終、笑いっぱなしなわけ!
ちょいと触れると、私のことで言えば、”先生から、みーちゃん、あんた「酒と結婚した旦那」ってテーマで記事書いたら・・”(笑)とか「酒に負けた、私」とかどんな?とか・・・。ウケない?
まあね、今も当事者だったら、笑えないよね?マトリックスにどっぷり・・だから(笑)
私、マジでウケたんですけど(笑)
そんなこんなで、鮎美の話とか、由亜の話とか、由貴ちゃんの話とか、えーりの話とか・・・、とにかく目白押しで、いろんな事例も出てきたから、とにかく楽しみにしててほしいな〜。😁
で、ちょこっと番外編的に事例で出てきた、固い桃のももちゃんこと、智ちゃんの話で思い出したことがあったので書くね。前振りが長かったけど、これ、今月のイチ押し(11月のHAPPYBLOG記事)にも関連していることなので、書いておきたいな〜って思ったわけ。
それが「おにぎり」のこと。
これは、先月の楽屋インタビューで先生も沙織の手作りのおにぎりのことを話してるから、見てない人、覚えてない人は、ぜひ、これもまた併せて、DVDを見てほしい。
うちのスタッフ智ちゃんは、固い桃こ!ってあだ名がついてるくらい、知っての通り、食べるのが大好き。もう、食べるのが趣味を通り越して生きがいになってる。(なぜ、そうなったのかは、ちゃんと理由があるから、それは本人に聞いてね)
そんなモモちゃん。あれで、調理師の資格も持ってて、かなり料理のレパートリーも多いし、上手。もう台所に立たせたら、せかせかずっと動き回ってる。だから、先生からも、女将さん!と呼ばれる始末。
そんなモモちゃん。ある日を境に、おにぎりを作ってくるようになった(たぶん、パン食(小麦粉)がよく無いって先生がいうのを聞いて、作ってくるようになったと思う)
ウチのスタッフのほぼ人数分作ってくる。それも毎朝、コメの種類を変え、具材を変え、海苔もこだわったものを毎朝。
スタッフは、毎朝、モモちゃんが作ってくるおにぎりを楽しみにして、智ちゃん、今日のお米はどこの?具材は何?と、話してた。智ちゃんが、時間差で出勤する時は、まーくんに預けたり、とにかくともちゃんがいない時は、え〜〜!と叫ぶくらい、楽しみにしてたんだよ(笑)
みんなが美味しそうに食べて、笑顔が出てる時、智ちゃんはホント嬉しそう。
それを見て、智ちゃん、みんなの笑顔になるのが本当嬉しいね〜って話してて、それが自分の幸せにつながるといいな〜って思ってたわけ。
最終的に、人は人の幸せを見て、自分自身が喜ぶ。
そんなニュアンスのことを先生はセミナーでも言ってたと思う。それと繋がって、食べることで人は幸せになるってこと。そんなシンプルなことで人は幸せになるんだな〜って思った。
だから、お腹が空いて”怒り”になるのは、被害者意識と繋がってるってつくづく思う。これは、次回の収録の話とも関連あるので、スルーしたらもったいないな〜って思うよ。
でね、智ちゃんが、人の笑顔を見て、幸せになる。美味しいものを食べて、幸せになるんだな〜って、実感としてあるのかな?って、ふと思ったことがあって。
これは、お母さんが、母親が、子供にご飯を作ってあげるのは当たり前で、苦痛でも何でもなくて(笑)、美味しいものを食べさせてあげたい!という、シンプルな想いで、愛だからできることだと思うんだよ。
(グルメ・食育 ページもぜひ読んでね)
その想いを、智ちゃん自身が感じてるのかな〜?って思ったわけね。それを智ちゃんにおにぎりをもらうたび、聞いてたわけ。智ちゃんは感じてるつもりじゃん?だから、気になってて。
私は、食べ物の好き嫌いは人として間違ってる!って言われてたから、気になるじゃん!?だから聞いてたんだけど。
そしたら、ある朝、みんながそれぞれ、おにぎりを貰い始めていったとき、Mさんがおにぎりもらっていいですか?って受け取ったわけさ。そしたら智ちゃんが渡したんだけど、そのそばにいた、スタッフのMさんが”昨日、ご飯足りなかったからね(笑)” みたいなことを言ったわけ。
で、私は、智ちゃんが何て言うんだろう?と思ったら、何も言わず、苦笑いしてた。
その時、私はカチン!ときて、だったら食うなよ!、言い訳するなら食うなよ!って言ったんだけど。当の本人たちは冗談だと思って、ニコニコしてる。智ちゃんが美味しいものを食べさせたいって気持ちに、自分の被害者意識で言った言葉をくっつけんなよ!!と思ったわけ。
自分の言葉に責任を持とう。
私は、マジでご飯食うな!想いを食べるんだよ!って、東京出張の一番最初で、先生に注意されてたから、この一言が、どれだけ自愛の無いこと、自分を傷めることなのか?って、気づいてないから、智ちゃんに「おにぎり」の記事を書けよ!ってずっと言ってたわけ。
でもね、自愛 が分からない、無いから、書けないんだよ。足枷がついたままだから、書けないわけ。
お互いが、お互いの想いの鏡になって、言葉が発せられてる。自分の気持ちがわからないから、相手がその想いを引き出そうとして、感情を起こそうとしてる。
私がその光景を見たのも意味があると思ってる。
でも、智ちゃんのこのおにぎりひとつの出来事を通して「想い」が分からない、自分の気持ちが分からないって本当痛いな〜って思った。
自分の気持ちが分からない、大切にできないから、周りの人の想い、愛も大切に出来ない。
私たちって、本当、愛が分かってるのかな?って思わん?
楽屋インタビューで、沙織のおにぎりのことを話してるって言ったけど、おにぎり一つを作るのに、どれだけの時間と思いが込められてるのか?って、いった時、智ちゃんのスタッフ分のおにぎりを作る時間と思い。
ありがとう、いただきます!
感謝 だけでいいいと思わん?
そこに、〇〇だからね。〇〇だったからねとか、いちいち説明、言い訳をなんで付け足す?
ほんっと汚いし!こざかしいことやってる、言ってるって分かったら、やらんよね?
だから、気がついて!って言ってる。
それが、セミナーでも言ってるけど、
感情でブロックされてる、3次元の自分自身の被害者意識で、マトリックスの世界。
そんな暗い自分のドラマ、世界観を押し付けてる。
たかが、おにぎり、されどおにぎり。
「おにぎりを食べさせたい」って、自分の想いを見る、向き合うだけで、いいんだよ。
おにぎりひとつで 自愛に進めるんだよ。