仕事から志事へ

仕事から志事へ

HAPPYBLOG&神友の皆さんこんにちは。\(^o^)/

今回は 初めて社会人になった頃の話。何にも出来ない新人のえーりが 楽しく出来ることからやり続けた結果、仕事が広く深く充実していく様を伝えるよ。

出来ないことを気にするよりも、出来ることを模索することで 人生数倍楽しくなる!

なーんちゃって🤣

えーりのこと いい加減に見えてるかもしれないけど、こう見えて真剣に楽しんでるんだよ💪

では、初々しいえーりをご堪能あれ〜〜〜

 

えーりは高校卒業と同時に社会人になった。

務めたとこは整形外科。

母のつて・・ではあるが、なりたかった看護師への道に近づけることに喜んだ。

バイトの経験もないえーりがいきなりの社会人。
期待と緊張でなんとも言えない気分での入職だった。

当初は看護師の数が充分だったため、受付のアシスタントとしてカルテ出しから始まった。それは仕事というには程遠いものだったが、患者の顔を覚えるにはちょうどよくて、何か一つでもできることがあることがとにかく嬉しかった。

右も左もわからないえーりに出来ることはなんに〜も無かった。

何か手伝おうとしても何にもわからないえーりに1から手取り足取りで教えながらやるのだから、先輩たちにとっては完全な足手纏いだった。

そんな自分にできることはなんだろう?と考えると掃除しか思いつかず、1時間早く出勤して、院内の掃除と病院周辺の掃き掃除をすることにした。

当時のえーりは乗り物酔いが酷く バスに乗れないでいた。だから7時には家を出て、早歩きで1時間かけて出勤していた。そんなことを言うと、着く頃には疲れているんじゃない?って聞かれたけど、高校もそのぐらい歩いていたから難儀とは全く思わなかったし、道中、自分で立てる1日の行程を考えることが楽しかった。行程通りにいかない事だらけだったけど、考えるだけでも楽しかった。

掃除をやり始めて何ヶ月か経った頃、院内掃除を物品をしまっている倉庫まで手をのばすことにした。どのような物があるのか気になったことと、一日も早く物品の名前を覚えたかったからだ。

一年近く経つと、名前を覚えることはもちろん、物品の消費具合や購入のタイミングなどが計れるようになり、在庫が少なくなると先輩に伝え注文するという流れが自然に出来上がり 在庫が切れてあたふたするということも無くなっていった。

すると、自然に管理することが当たり前になって、広い範囲に仕事を意識するようになっていた。

それまでは物品の名前が知りたかっただけだったが、次はどんな時にどのように使われるのかが知りたくなっていった。

すると、いつの間にか受付業務の合間に処置室を覗くようになって、そして休憩時間を利用して器具の消毒や滅菌までもさせてもらうようになっていた。

自分ではちゃんと受付業務の合間をぬって覗いているつもりでいたが、夢中になり過ぎたのか、気がつかないうちに受付業務がおろそかになってしまっていたようだ。

それに怒った受付の右局様、院長に告げ口? いや、報告。

結果、えーりは院長呼び出され 言われたのが

 

院長:あなたは看護業務がやりたいのではないのか?

えーり:えっ⁉️

院長:受付業務は向いてないのではないか?

えーり:は⁉️  あっあ〜〜〜💦

正直な気持ちを伝えるとクビになってしまうと考えたえーりは返事に困っていた。

なぜなら受付業務で入職した以上、それに向いてないと言えばじゃーいらないって言われると思ったから返事につまったのだ。

でも、自分に嘘はつけない。そう思った瞬間、

えーり:看護師がいいーーー

院長:そんなに大声でハッキリ言わなくても、、、

えーり:看護師になりたいです!

院長:ではそうしなさい

えーり:いつからですか?

院長:早くそうしたいんだろ?

えーり:わかりますか? いいんですか?

院長:変に処置室をウロウロされるよりよっぽどマシだ。看護業務に興味があるのはありありだが、あなたは受付業務には全く未練ないこともわかる。

えーり:受付は困りませんかね?

院長:えりちゃん、いいか? 現状、君は受付業務はできてない!今では君は処置室が仕事現場になっている! わかった?

えーり:あっ、あ〜〜〜💦

その時、はじめて自分が何をしていて、どの位置にいるのかに気づいた。

こうしてえーりは幼少期から目指していた看護師への道へと進んでいった。

当時を振り返って分かったことは、何にもわからないまま社会に踏み出したこと、社会に出る準備は学校では一切教わることなく12年も費やしてきたってこと

学歴は社会では役に立つように感じない反面、”掃除”はえーりを助けてくれている。これは単なる事実!

えーりの中で、“掃除”が身についていたからこそ、思いつき、苦なく続けることも出来たと思う。

そう思うと先生がよく言ってくれている『や〜なれ〜ぬ ふかなれ〜』に戻され、改めてその大切さを痛感させられる。

仕事には適材適所はあるとしても 上もなければ、下もないとえーりは思っている。ないと困るからこそ仕事として成立していて人の役立っていると。

自分がしたいことを仕事にしたらいいとえーりは思っているし、新しく仕事を創るのも面白い。させられるより、する自分で生きる方が人生 数倍楽しいから。

でも、させられる業務、希望しない業務であったとしても受け入れると違う経験をする。要は、どんな事も、どんな時も、何であっても”自分次第”ってこと。すべてが”自己責任”で方が付くってこと。

 

余談なんだけど、院長は入職早々にえーりに医療秘書課コースを学ばせたんだよね。

そのネーミングに大人っぽくカッコイイって思って喜んだはいいんだけど、初日、講師が冒頭の挨拶で「このコースは医者が円滑に、かつ、快適に仕事ができるようにサポートする側として学ぶコースです。医者が快適に仕事ができるように気配りできる人材になるようしっかり学んでください」と話した。

えーりはものすご〜くカチーンときた。

それって単におじさんの子守りやん! そんなこと学ぶ必要ある?って正直思った。

そう思いながら周りを見渡すと、なんの疑問を持つことなく、それどころか頷きながら聴いているのを見てめちゃ驚いた。

イヤ イヤ イヤ、恐怖さえ感じた。

“自分の機嫌ぐらい自分でとれる大人になってから医者になることが大事だと思う”と書いてレポートを提出。

そのレポートは翌日には院長に届いていて、それを読んだ院長は秘書課コースは無駄に終わると確信したと後になって話してくれた。

本来は院長にはレポートを見せることはないそうなのだが、危険分子では?ということで渡たされたとも言っていた。

危険分子と言われて大笑いしたえーりだったが、もしかして社会には大人が存在しない⁉️と感じた出来事だった。

本当の危険分子は社会なんだけどね 笑

 

今回の教訓❗️

⭐️受け入れないものは変えられない❗️

⭐️仕事を志事にするも 自分次第❗️

⭐️楽しんで危険分子になろう❗️

 

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