子供と共にいること 「一緒」✨〜1010HAPPY Q &Aより〜

子供と共にいること 「一緒」✨〜1010HAPPY Q &Aより〜

 

今日のHOPブログは

Te-FaからピックしたQ &Aから

「子供と共にいる 一緒 」を

お伝えします❣️

 

 

あるお母さんが、産後の仕事復帰を間近に控え、保育園に預ける時期などを

質問をした時の、金城先生の回答した

言葉を載せました!

 

 

これがね〜〜

もう読んでみて‼️

親力プログラムで伝える

3つ子の魂 百まで」に始まり、

「一緒」「共感」

そして、「関心と感心」

これが子供との関わりで

どう起きているのか、

前回の「愛着心」もそうだけど、

もうね〜〜

こんなに、こんなに凄いのか

こんなに、こんなに大切なのかって

先生の言霊を

何度でも読み返してしまうー。

先生が実践してきた、子供たちとの

やり取りも笑っちゃうけど

こうやって楽しさの中に、一つひとつ意識して育ててきたっていう先生の意識、人を育てる核の部分がみれる。

これが親力プログラムなんだな❗️

やっぱり凄い

私が、お母さんが、

当たり前にしてたこと、

意味や目的、意識したら

凄いことなんだぁ〜❗️って。

本当にお母さん次第❗️

それを実感する内容。

是非読んで、そして今日から

実践していこう😊

 

子供と共にいる 「一緒」

(金城幸政先生)

 

3つ子の魂百まで」ということわざがあるんですけど、

今、保育園とか児童心理学とかの世界では、これを使うなという指示が出てて、賛否両論でぶつかってるんです。

なぜかと言うと、

「3歳までの人格が

およそ一生を引きずる」っていうのがこのことわざの由来だからなんですね。

 

 

けれども、3歳までに決めつけていいのか。だから、積極的に使わないっていう流れがあるんですが、それは、この言葉の重さを知らない人の議論なんですよ。

 

 

実際に3歳までにかなり人格の基礎は決定します。

そういう意味で言うと、

3つ子の魂百まで」というのはものすごく影響力があります。

 

 

特に胎教から3歳までの間は、お母さんといた方が、いないよりはずっといいです。

 

ただ、皆さんが「三つ子の魂百まで」の意味がわからないので、

漠然とするんですよ。

漠然と「どうしようかな~」と

思うのと、「やっぱりそうよね!」

「あ、そうなんだ!」と思うのと、

言葉の重みは違いますよね。

 

言葉の意味がわかれば、絶対、いい加減に扱わないと思います。

人間の脳というのは、4歳までに基礎体系がほぼ出来上がるので、それまでに人格の基礎がつくられる。

だからその時期に経験したこと、4歳くらいまでにお母さんとともにやったことが、その人の人格パターンになるから、「三つ子の魂百まで」っていう言葉があるんです。

 

その意味では、

子供と共にいることは基本的に大事。

これを、お母さんがわかること。

 

問題はですね、ほとんどのお母さんが赤ちゃんと朝から晩まで

「一緒にいて共にいない」んです。

 

 

お母さんが考えてるのは、オムツ替えること、ミルクあげること、世話をすること、洗濯機回すこと。

1時半からは昼のドラマがある(笑)。

 

 

もろもろあってですよ、一緒にいる時間、赤ちゃんを見つめてるのか。

保育園に入れても入れなくても、見つめていなければ、一緒にいても不満は募っても豊かさは募りません。

 

でも、保育園に預けても、一緒にいる時間、気持ちの交流とか感情の交流が豊かに行われているのであれば、一日わずか2~3時間でもすごくお互いの情緒はつながります。

 

要は、「一緒にいる」という意味です。

まずこれが一つ。

 

問題なのは、共通する

「カンシン」です。

 

普通、一般社会で使われてるのは

「関心」だと思うんですよ。

何に興味を持つのかって言う意味の

「関心」。

親力プログラムで使われる

「感心」という言葉は

「感じる心」です。

 

 

ニワトリが先か卵が先かって考えてみてくださいね。

「何々に関心があります。だけど感じる心はありません」だったらどうしますか? 

「いや、感じる心は豊かなんですけど、関心ごとがありません」。

 

こういうのがチグハグな状態になってるのが、人間なんですよ。

 

赤ちゃんのオムツを変えることに関心があり、「あ、オムツだな!」って感じてますか? 

お母さんは自分の「作業」としてオムツを替える?それは違う。

赤ちゃんが「気持ち悪いな~」というのを「感じる」まで待って替えるんです。

わかりますか? 

 

 

作業として替えるのは、通りすがりのおじさんでもできるんですよ(笑)。

 

「あいーっ、赤ちゃん泣いてるねぇ、何で泣いてるのかねぇ、オムツじゃないかねぇ、ああそうだったね♪」って出来るんですよ。

 

けれども、お母さんがオムツ一つを通して、「感じる心」を育てたいと思って、「関心」を持ってオムツをみているならば、オムツを通して「感じる心」

を育てられるんです。

 

 

ところが、感じることに対して親に関心がなければ、赤ちゃんにこれを与えられないんですよ。単なる作業の中で子供と関わるというんであれば、産んでなくても出来るんですよ。

 

 

基本は愛情があって、

感じる心がビンビンに立ってて、

関心とつながって人の感性は動いていきます。

 

 

「共にいる」「一緒にいる」と言っても、「一緒にいて何してんの?」って言われて、「ああ…」ではね…(笑)

 

20年後に「ああ…」って言った日には、子供は誰だかわからない人間に育ってますよ。(笑)

 

 

何を大切にしてほしいか、

何を生きる活力として

もってもらいたいか、

一人の人間を育てようとしてるときに、どういう「感心」

どういう「共に」

どういう「一緒に」なのかということが大事です。

 

 

この事をわかったうえで、仕事に復帰するかどうかです。

仕事に復帰して、お母さんばっかり見つめてる子供ではなくて、

子供もまたいろんなものに自分で邁進していけるように、親がほどほどに距離を開けていってあげることも大切。

 

お母さん自身が、子離れできない親、もしくは、自分のお母さんから自立できない娘のままで、お母さんになってると、子供には全部バレますので。

だから子供は親から離れないんです。「お母さんが心配でしょうがない」笑

 

 

保育園に子供預ける時に、ついつい子供がむずかったり寂しがったりしてなかなか預けにくいお母さんは実験してみてください。

お母さんがふんでー(甘えた態度)やめたら、子供はさっさと保育園に行きます。

 

お母さんが寂しいだろうなと思ってるからそれを表現するんであって、

「お母さんも仕事、楽しんでくるね!

頑張ってくるね!

家庭を豊かにするために働きにいってくるね!」ってワクワク職場に向かうと、

子供も「じゃあ私も保育園で一日遊んで来るね」って言って保育園に元気にでかけていきます。

 

お母さんが「預けるのはいいんだろうか」「また会社で上司に怒られないかな、でも生きるためには働かないといけないさぁね」とか、

苦しみながら生きてると(笑)

子供は保育園に行くのが

苦しくなります。

 

 

お母さんがシフトすれば、子どもは「いってらっしゃい!バイバイ♪」みたいなね。

お母さんの方が、

「もうちょっと別れ際は未練持ってよ」みたいな(笑)

こういうことなんかも

本当はお母さんの投影が多いんですね。

 

 

そういう意味でいっても、

「一緒」にいる意味も、

保育園に預ける意味も、

おむつ替え一つでも、

一つ一つ「意味」や「価値」を与えて

育てることは可能です。

 

 

僕は4人子供がいて、皆大人になってますけども、4人とも、1歳の誕生日にオムツがとれました。

1歳の誕生日に、

「このオムツは赤ちゃんがするもの。

このトレーニングパンツはおにいちゃん、おねえちゃんがやるもの。

これ(普通のパンツ)はもっとおにいちゃん、おねえちゃんがつけるもの」と子供に伝えたんですよ。

すると、自分でオムツを外して、

「もういい。1歳だから」って(笑)

自分の意志で、もう赤ちゃんじゃないからって言うんです。

どうですか? 

 

子供自身の人格の尊重をもって成長する。

こんなのが本来の「躾の形」であるべきです。

親が一方的にこれしなさい、あれしなさいといって覚えさせるのではなくて。そうじゃないと自分の力になっていかない。

そういうことも含めて、仕事復帰しても、仕事してる時は子供のことを一切思い出さないくらい仕事に集中すること。

 

 

夕方保育園に迎えに行く時も、

「家に帰ったら夕飯作って、洗濯機回して、あれこれしないといけない、はい、さっさと帰るよ」って迎え方するのと、

遠距離恋愛の彼に逢うみたいに、

「ただいま~♪仕事終わってきたよ~」って感覚で迎えにいくのでは子供のテンションも全然違います。

やっぱり、毎日恋人を迎えにいくような形で迎えてほしいなと思いますよ。

生きる力を育てる

親力プログラム・1010HAPPYクラス

お申し込みはこちら

 

親力プログラムの全てがわかる❗️

親力プログラム・永久保存版DVD